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2011年08月11日
渋谷区 明治神宮 ヒグラシの声を録音
朝7時には30度を超えたとテレビでいっていた。朝から暑い。今日は土日出勤していたため代休。どこかに出かけようと思ったがこんな暑さでは熱中症になりそうなのだ。実際、今年は高校野球の予選で試合中に選手が熱中症になるなど、なにかおかしい。昨日も横浜でタレントのイベントで熱中症の人が30人出たとかなんとかニュースでやっていた。
朝4時くらいに目が覚めたのだが、起きてメールに返事を書いたりしているうちにまた眠くなり、なんだかんだ昼近くまで寝ていた。数日前のニュースで明治神宮ではヒグラシが鳴いているとか。今年はセミが少ないなどといわれているが、実際のところはよく分からない。
しかし、暑い日にヒグラシの声を聞くととても気分がよくなる。それで、今日は明治神宮にヒグラシの声を録音しに行くことにした。
今、年齢が50歳前後の人ならデンスケとか生録というのはご存知だろう。この年代のたいていの人は、中学生の時にラジカセを買ってもらい、FMの番組で流れる曲を録音してカセットのライブラリーを作り、もう少しマニア度が上がるとオーディオ関係に手を出していくのだ。デンスケはソニーの高性能カセットレコーダーのことだ。その頃のことを考えると今のレコーダーは、SDHCカードを使って単三電池2本、もしくは専用充電池で何十時間も録音できるのだから、ものすごく進歩した。カセットテープなら回転させないとならないが、SDHCカードは回転しないからノイズも入りにくい。
今は記録することには本当にコストがかからない時代だ。
私が持っているICレコーダーはOLYMPUS リニアPCMレコーダー LS-11
である。安い割にCD音質を超える録音が可能で、ワイヤレスのリモコンもついているところがミソだ。まあ、CDの音質というのは1980年頃の話だからもう30年も経っていて今や時代遅れなのだ。しかし、CD音質を超える録音が3万もしないようなレコーダーでできるようになったというのは、昔じゃ考えられないことだ。技術の進歩はすごいね。前機種のオプションだったOLYMPUS リニアPCMレコーダLS-10用 ウィンドジャマー 風防 WJ1
も買った。風が吹いている時にはノイズが乗る。
今日は、13時半には雲行きがあやしくなった。空がゴロゴロいい始めていた。
急いで身支度をして、カメラとOLYMPUS リニアPCMレコーダー LS-11
を持って出かけた。渋谷で乗り換え原宿で下車。最近、山手線によく乗っているのだが、原宿駅の広告で木村佳乃が気になっている。きれいだなと思う。運命の出会いは、おれにはもうないのだろうか?
すでに雷が鳴り始め、空がアヤシイのだ。代々木をうろうろしてから明治神宮に行こうと思ったが、原宿で下車した。下車したらすでに雨が降ってきていた。カメラもレコーダーも使えないじゃないか。
雨が降っている中、原宿側から明治神宮参道へ。とりあえず休憩所に行ってお茶を買った。売店のおばちゃんに聞いたら、ヒグラシは毎日鳴いているそうだ。しかし、行ったときには鳴いてなかった。少し休んで参道に戻り、本殿に行ってみようと思ったら途中でヒグラシが鳴き始めた。明治神宮御苑の中でたくさん鳴いているようだ。参道沿いから録音してみた。
OLYMPUS リニアPCMレコーダー LS-11
の背面にはネジ穴が切ってあり、カメラの三脚につけられるのだ。これは便利。とりあえずゴリラポットの一番でかいやつに雲台をつけたのが持ち運びが楽なので、これにつけてみた。風が全くないので、付属品の風防も、オプションのOLYMPUS リニアPCMレコーダLS-10用 ウィンドジャマー 風防 WJ1
も使わなかった。
ここで小一時間録音。ヒグラシは気まぐれで、鳴かなくなるとずっと沈黙するのだ。この辺はミンミンゼミやアブラゼミとは違う。仲間が鳴き始めるとまた連鎖するように鳴くのだ。平日夕方の参道は外人が多い。白人は見れば分かるが、日本人かと思っても韓国人だったり中国人だったり。ここで録音して、もう少しロケハン。他に濃厚に録音できる場所がないか。
日本酒の樽が奉納されているところへ。どうしても女性を入れたくなるのはオッサンだからで気にしないでください。多分樽の列の真ん中が一番料金が高いと思うが、以前あったなんだか分からない横文字の入った酒造会社が消えていた。それがよかった。やはり日本酒は漢字の銘柄であってほしい。横文字を使うのは社名だかなんだか知らないがあまりよろしくないことだと思うぞ。社長は日本酒が好きじゃないのか?少し考えて見た方がいいと思うな。
とりあえず本殿の方に行ってみた。
参道横からはいる御苑の入り口。このあたりでもヒグラシの鳴き声がよく聞こえた。ヒグラシの声を聞きたい人は500円払ってこの中に入った方がよい。
本殿入り口。ここに来ると急に明るくなる。isoをそれまで800にしていたのに100に下げた。
境内はこのようにとても開放的なのだ。
原宿駅側の出口。中国人だと思うが記念撮影中。
原宿の駅から山手線の橋を渡ると、橋には東京オリンピックのマークが埋め込まれていた。国立代々木競技場はすぐそばなのだ。
国立代々木競技場。私はこの中に入ったことはない。原宿駅から渋谷駅までは歩いてもたいしたことがない。とても暑いが、タワーレコード渋谷店にも寄りたいので、電車に乗らないで歩いた。
途中で岸体育館前を通過。岸というと岸信介を思い出すが、岸信介とは無関係で、岸清一という人の尽力によるものだそうだ。
タワーレコードまでの道のりでこんなバイクを発見した。ああ、懐かしいなあ。ホンダのXL−250は昔とてもほしかったバイクだ。サイズダウンして今は230なんだ。昔は前輪がもっと大きなのが特徴だった。しかし、何でバイクのかたちが昔に戻っているのだろう?
タワーレコード近くで見かけた自転車。
泥よけをつけたら昔のランドナーだ。それほど高級なパーツはついていなかったが、乗りやすそうで、一台ほしいような気分だ。
18時過ぎても渋谷で33度。暑くてたまらない。
2011年05月15日
渋谷区 代々木 ポパイ 代ゼミ生の贅沢ランチ
久しぶりに代々木に行った。今は代々木に降りる理由がない。わざわざ降りるのだ。毎日ここに来ていたのは30年以上前になるのか。代々木駅前も変わったといえば変わったが、変わらないといえば変わらない。代々木のスクランブル交差点で覚えているのは、キリスト教の一派(なにぶん大昔のことで正確ではないかもしれない)の外人が「アナタエイゴニキョウミアリマスカ?」とやたらしつこく勧誘して来たことだ。一度急いでいるときに「ノーサンキュー」と冷たく答えたら、足を引っかけやがって、それ以来嫌いになった。クソ外人だったのだろう。
この交差点ではいろいろなものが配られていて、雑誌「遊」も配られたことがある。その当時はなんだかワケが分からなかったが、松岡正剛さんの本を今は愛読している。
今日は時間があったので、レストランポパイにいってみようと思ったのだ。私が通っていた頃は、ポパイの昼定食は500円と550円だったかな。カツにタルタルソースがかかっていてうまそうだった。普段はすぐそばの梅もとで立ち食いそば(確か200円しなかった)を食ったり、当時祖母の家に下宿していたので、おにぎりを握ってもらったり倹約していた。翌年入った大学の学食が、大盛りカレー200円だったり揚げ物中心の定食がせいぜい350円だったから550円なんて結構な贅沢だった。ちなみにこの頃のビールは、酒屋で買うと大瓶が240円くらいだったと思う。
駅を出ると目の前にある山水楼。ここも古くて昔からあるが一度も入ったことがないな。ずっと何十年もやっているというのはきっと美味しいのだろう。
新宿に抜ける道には今は新しくなった代ゼミのビルがある。この道沿いにある代々木NARUにはずいぶん通った。午前中行くといつもソニー・ロリンズをかけていた。ソバージュの女性が女主人のようだったが、その頃と店の感じが変わっている。今はライブもレストランもやっているようなのでだいぶ変わったんだろうな。
スクランブル交差点を渡って道なりに右に行くとレストランポパイがある。正面に270円居酒屋が入っているようだ。私が代ゼミに通っていた頃、金がないなりに高田馬場にあるいずみという焼鳥屋に時々通っていたのだが、当時、ビールの大瓶が310円だった。その頃と今を比べると、食べ物の値段がえらく下がっている。そもそもは90年頃のバブル景気の時代に輸入食料の価格がえらく下がり、そこから食べ物の値段が下がったような気がする。当時ダイエーでビール買ったら1本100円だった。食べ物の値段が低価格競争になっている飲食業は大変だと思う。
レストランポパイ。今日は奮発して2の定食を頼んだ。30年前と比べると300円上がったという感じだ。
銀皿の洋食屋さんというのは昔は多かった。ライスののったプラスティックの皿は学食のノリだ。サーモンフライって最近あんまり見ない。シャケは今はコンビニのおにぎりに入っているものになっているのだ。
左からヒレカツが2枚、メンチカツ、サーモンフライだ。各種揚げ物の下には千切りキャベツと、昔の洋食にはたいていついていたスパゲティが少し。揚げ物は50近いオヤジにはかなりヘビーなものだ。しかし、食べてみると意外と軽い揚がりだった。マヨネーズはキューピーではない、なにか業務用の感じが洋食っぽい。これを撮った後、ソースをかけてカラシをつけて美味しくいただきました。コックさんに聞いたら、ご主人はまだご健在で現役だそうだ。たまたまいなかったらしい。
ポパイの隣にはオリーブ。オリーブ堂というお店も30年前からある。化粧品のお店なんだ。
2011年01月09日
浅草から秋葉原散歩
よく晴れた土曜日。このところ忙しかったので街をぶらぶらして買い物したい。今日はアキバにいって1テラのハードディスクを買うのと、多慶屋で梅肉エキスを買うのと、中野フジヤカメラに行って、あればキャノンEF70-200mmF2.8Lの中古レンズを買う予定。でも、まずは浅草に行ってみた。松屋方面の出口に出て、すぐにある文殊という立ち食いそば屋で久しぶりで食べたがうまいな。かき揚げそば360円。そこから地上に出てみると、吾妻橋方面、人が多い。
どうしたんだろうと思ったら、スカイツリーなのだ。墨田区役所の向こうに見えている。
水上バスにも乗りたかったが、最近休みが少ないので買い物で忙しいのだ。吾妻橋を渡りながら撮ってみた。今度ゆっくりと乗ろう。
アサヒビール本社のしっぽ。
吾妻橋を渡ると障害物がなくなるので、こんな感じで見える。
今日は東京メトロ1日券を買った。710円で東京メトロが乗り放題だ。浅草、上野広小路、末広町、日本橋、中野、渋谷に下車予定。1日券は買い物と観光目的ならかなり有効な手段だと思う。
竹下景子さんに3000点。銀座線浅草駅にて。
夕方の秋葉原駅付近。
昔秋葉原デパートがあったところは、アトレになっていた。アトレには必ずユニクロが入っている。本屋さんは有隣堂かと思っていたが、そうでもないらしい。ここは紀伊国屋。ただし、秋葉原ヨドバシの上は有隣堂だ。
私がうろうろし始めた1997年頃にはなかったのだが、今はメイド関係の店が多い。
このあたりは昔と変わりませんな。
1テラのHDDが4700円くらいになっていた。何となく今の相場を残しておこうと思った。
私には、こういうのの何がよいのかさっぱり分からないのだが、今のアキバはこうなっているのだ。
中野からまんだらけも進出した。
最近露出の多いAKB48がここで毎日?やっていたとは知らなかった。劇場があるのですな。今はドンキホーテが入っているが、その前はT-ZONEがあったのだ。
また歩行者天国になるかもしれない大通り。
博多風龍の上に耳かきのお店。しかし、耳かきのお店を考えた人ってどんな人なんでしょうね。飲み屋でも風俗でもなくて密着度が高くなるようなお店なんでしょう。普通は必要性を感じない店だから、風俗に近いニュアンスの店なんだろうな。風俗じゃないけど、さみしさを満たす店なのでしょう。
末広町から日本橋丸善に移動。
2010年12月19日
立川市 リラクゼーション進盟・立川
12月も下旬になる。そろそろ今年も終わりだ。12月だというのに適当に暖かいから年末気分になかなかならない。あと10日余りで大晦日なのだが。切実な思いで年末を感じていたのは受験生だった頃以外はないかもなあ。石油ストーブのにおいと一緒に思い出すことがあるが、今よりずっと寒かった印象がある。
立川には先日も仕事で来たが、ぶらぶらする目的で降りるのは何年ぶりだろう。昔は一橋大学のある隣の国立駅とえらい違いであまりきれいな印象がなかったのだが、駅ビルが整備されてまるで地方都市みたいに便利になっていた。面白いところがあると知人にすすめられて今日は来たのだ。何でもタンクの中に入るらしいが室温が変わらないのに体温が上がるらしい・・・。顔色がよくなって体によいらしいとのこと。
立川駅の北口を出て、ビッグカメラの前の歩道をずっと歩いていくと道の対岸にモスバーガーが見えてくるが、そうするとお店はもうすぐ近くだ。登山で有名な立川女子高校のそばにあった。リラクゼーション進盟・立川というお店だ。駅から徒歩6分という案内だったが信号に引っかかるともう少しかかるかな。夜なのでデジカメの性能がついていかないから少し暗く写っているが、実際はもっと明るい。
店に入ると受付の人以外誰もいない。閉店かと思ったら、みんなタンクというかドームの中に入っているのだとか。店の中は予想していたより広く、12月1日から営業しているそうなので、多分?開店祝いなのだろう。胡蝶蘭がたくさん並んでいた。
部屋の1/3を占めるタンク。調圧ルームというのだそうだ。海底探索船みたいですな。
店内には抑えめにモーツァルトが流れていた。そばにある鼓(つづみ)みたいなのはスピーカー。これは知っていた。波動スピーカー
というのだ。割と音はよいと思う。間接音みたいで刺激がすくないからこういうお店にはよいのだろうな。
かかっていたのは、グレン・グールド
の弾くモーツァルトピアノソナタ
だったようだ。ちょっと異端といわれているが意外とよい感じ。グールドも1980年録音のゴールドベルク変奏曲の時よりも髪の毛が多かったんだな。
波動スピーカーにはフルレンジが一発。オーディオマニアの後輩によるとこのスピーカーユニットは性能がよいらしい。
さっき撮ったのとは反対側のこちらが入口だそうだ。話を聞くとオーナーは女性だそうだ。照明の感じといい、かなり室内には気を使っている感じがする。
ズームを使うと分かるのだが、この間接照明はかなり効果的なのだ。不思議な感じがする演出。
料金は、かなり良心的だと思う。
実際に入ってみた。
仕組みとしては気圧を少し下げてもとに戻すらしい。受付で説明をしてもらったが耳には刺激がある。気圧をもとに戻すときに体温が上がる感じがした。最初に手のひらの体温を測ってもらえるのだが、私の最初は30度を切るくらい、このタンクに入っているうちに34度くらいまで上がっていた。手のひらの温度は脇の下とは違うらしい。あたりまえだが平熱はもっと高い。インストラクターによると、体温が上げるのが目的ではなくて細胞にエネルギーをたくさん作らせるのが目的らしい。確かにケガしても病気しても細胞が自分で自分のことを治すのだ。室温はほとんど変わらなかった。24度ぐらい。あたりまえだが、24度の室温で私の体温が上がるわけがないので、気圧の変化による酸素の量(?といってよいのか)が影響したのだろう。心拍数も呼吸数も変わらないのに体温が上がるのは、酸素が関係しているのだろうなと思った。ただ、耳の負担以外は体への負荷は感じないから、たとえば病気がちの人には負担がなくてよいだろうなと思った。
室内はこんな感じ。上には棚があってまるで電車みたいだ。すいているときはクッションを枕にして寝ていてもよいそうだ。28人まで入るそうだ。店名をネットで検索するとなにやら買い物をすすめられたという記事もあったが、確かに商品は並んでいたが、お店の人によると展示用でお店では今のところ販売しているわけではありませんということであった。
リラクゼーション進盟・立川
〒190-0011
東京都立川市高松町3-16-1
高木ビル1F
0800-800-1405(携帯からも可)
2010年11月27日
中目黒 川沿いの風景 目黒区
今日は出勤。数年前は毎週のように土曜日には出勤していた。人がほとんどいない会社でラジオを聴きながら仕事をすると、とてもはかどるので結構好きだった。今は休日出勤はほとんどない環境だ。今日は仕事で立川まで。帰りは南武線に乗ったのだが、ふと知り合いのことを思い出し、登戸で下車。小田急沿線の駅で降りてみたが、会えず。渋谷に行って、LOFTとタワーレコードに寄った。
LOFTではほぼ日手帳 2011 WEEKS
を購入。ほぼ日手帳は、今年うちの妻が大型のカズンを使っていたが、重さがあるのと思っていたよりも使いにくそうだったのでパスした。私は思いつきノートを使っているが、サイズはA5。罫線じゃなくてドットのノートだ。カズンと同じサイズだが、何しろ値段が違う。私は書く内容が日にちに縛られるのが嫌いなので、本当にスケジュールだけの軽いやつでいいなと思った。ほぼ日手帳2011WEEKSは、コストダウンの跡も感じられるが、とても使いやすそうだ。
帰り、中目黒で買い物。駅で降りて改札口の前の山手通りを渡り、目黒川の方へ行ってみた。世の中あまり景気がよくないので、目黒川沿いのお店も短い間に変わっていたりする。もちろんそうでない店が多いのはいうまでもないこと。
中目黒駅の改札口を出てそのまま横断歩道を渡り、渋谷方向に向かって線路の右手を少し歩く。このお店安いなあ。知らなかった。
昔から有名なサルヴァトーレ。中目黒駅のホームから料理風景が見えるようになったのは何年前からだっけ?
中目黒アトラスタワー。昔はこの辺は、こんなだったのだが。
中目黒といえば大樽。特にこの店は大樽の象徴的な店ですね。中目黒には何店舗もあり、隣の祐天寺もある。高いのか安いのか、おいしいかそうでもないのかというとなんと書いてよいのか分からないけど、昔から大樽は中目黒では有名です。特にこのお店は花見の時期は超満員です。
大樽の横の道は駒沢通りまでわずかな距離しかないのになぜかよい感じがします。
目黒川の下流に向かって左岸を歩いた。実際はもっと暗いのだが感度を上げて撮ったので明るく写っている。意外とマンションの空き部屋がある。このあたり家賃は高いと思うがいくらぐらいなのだろう?中目黒は東急ストアーが駅近くに2店舗、20時までやっている八百屋さんもある。ただ、目黒川沿いに店はないから東急ストア頼みになるだろうなあ。
こんな風に自転車を置いてあるお店もある。
ちょっと奥に行くとくろひつじというおしゃれなジンギスカン屋さんもある。
仕立屋さんもあるし。
カッコイイお店もいろいろ。
こちらは靴屋さんだった。商店街にはない感じだ。
目黒川沿い、池尻に向かっては本当におしゃれなお店が多い。
2010年11月24日
東横線武蔵小杉行き最後尾車輌にて@中目黒
勤労感謝の日も終わった。次の祝日は来月の天皇誕生日だ。
それにしても11月ももうすぐ終わりだ。2010年もあと1ヶ月と少し。私の年代は、ノストラダムスの大予言を小学生の頃に刷り込まれた世代。2001年宇宙の旅なんてきっと夢のまた夢だと少し思っていた。昭和から平成になったときも現実感がなかった。昭和はとても長かったのだ。平成の最初の日は、居酒屋で迎えたような記憶がある。
もう週の半ばの水曜日。中目黒で東横線に乗り換えた。武蔵小杉行き。最後尾の車輌に乗ったら、向こうの風景が見える。中目黒駅のホームが見えている。朝はとても混雑しているし心にゆとりがないので、車窓の風景を見ているようで見ていない。ところが夜は、こちらがリラックスしているからだろうか、沿線の建物で仕事をしている人たちを眺めているといろいろな人の人生を思う。
ぼんやりと物思いにふける帰りの電車に乗っている時間は、案外幸せな時間である。
2010年11月06日
港区 東京タワー
東京に住んでいて、よく見かけるのに行かない場所というのがある。その筆頭は東京タワー
かもしれない。あなたはいつ東京タワーに行きましたか?私が思い出してみると、昭和43年以来近くには行っても展望台に行ったことがない・・・。
あれから42年経ったがいつも東京タワーはある。うちの近所にあるスーパーのエレベーターに乗るとよく見える。ちょっと行ってみよう。
JR浜松町駅で降りる。駅につながる世界貿易センタービルは、意外と地味で、1Fは地方への長距離バスの発着所になっている。ひなびた雰囲気だ。外に出て東京タワーまでまっすぐ歩くと、途中、芝の増上寺の境内を通ることになる。
このあたりは増上寺の門前町として発展した場所なのだそうだ。なるほど。確かにそんな感じがする。かなり規模が大きいと思うが。
増上寺と書かれた山門なのか(?)芝大門を抜けると、両側はホテルばかり。さぞ、江戸時代にはさぞかしにぎわっていたのだろうなと思った。
芝大門の向こうに境内に入る前の門があるが、ここも大きい。
港区もいろいろやっているのだ。
増上寺の境内から東京タワーを見上げる。こういう景色は東京ならではのものだね。
坂を登って東京タワーへ。浜松町駅からは徒歩15分くらいだろうか。近くもないが遠くもないという感じだ。いつも近くで撮るときに悩む。どうやったらうまく撮れるのだろう。脚をうまく流せるとなんとなく躍動感が出る。土曜日の夕方は混雑していた。はとバスが何台も停まっていた。
地上150メータの大展望台までは、大人820円。長蛇の列で、ぐるぐるしながらやっとエレベーターに乗ることができた。待っている間に、正直かなり面倒になってきていた。
夕暮れの六本木方面。左のビルは六本木ヒルズ。
慈恵大学病院の向こうは銀座だ。その向こうには東京スカイツリー
も見えているが、ちょっとこの大きさだと分からないな。
海の方を撮ってみた。右の方にレインボーブリッジが見えている。
これは桜田通りかな?ちょっとわからない。
大分暗くなってきた。右のビルは、東京ミッドタウンタワーなのかな。
大展望台の中だ。カメラの感度を上げているので明るく写っているが、実際はもっと暗い。人が多いので結構暑い。大展望台は2フロアに分かれていて、下の方がすいている。おまけになにやらライブまでやっていた。
肘をついてカメラをぶらさないようにして200ミリで撮ってみた。もちろん感度も上げてある。最近のデジカメでないとこんな画を手持ちでは撮れないだろう。EOS7D
にシグマの安い17-200ミリのズームをつけて撮った。
ここから特別展望台(高さ250メータ)まではさらに600円かかる。まあ、せっかく来たし、行ってみるとことにした。
しかし、待ち時間が長い。こうやってあと60分などとディスプレーに出ているのだ。何で時間がかかるのかというと、エレベーターが上り下りとも1基ずつになるからなのだ。
エレベーターを待っているところ。こうやって見ると、東京タワーは鉄骨でできていると改めて分かるのだ。
時代を感じるエレベーターの表示。250メーターが大した時代だったのだろう。
特別展望台からだと少し見下ろす感じになる。
ここは天井が低く、狭い。そのせいかすぐに帰ろうとする人が多いような気がした。
狭いので1周するのはすぐだ。
下に降りて、ライトアップされたタワーを1枚。
忘れるところだった。昭和43年頃にもあったメダルの自動販売機。名前を刻印できるのだ。その昔は、ダイモ
という名前を刻印できるテープがとても流行っていて、何でもかんでもローマ字でネームを入れるのだ。今メダルを買って自分の名前を刻印するのはなんだかめんどくさいだけのような気もしないでもない。
東京タワー所在地
〒105‐0011
東京都港区芝公園4‐2‐8
2010年05月23日
渋谷区 渋谷川
時々、渋谷駅の南口から出ることがある。取引先があるのだ。渋谷は意外と狭いところで、そこに人が集まるものだからいつも混雑している。慣れないとものすごく疲れた。今は昔なじみがあったのに新宿の方が疲れる。それは単純に新宿に行く機会が減ったからだ。
新宿駅南口は他の出口と違ってかなり地味なのだが、歩道橋を歩くと渋谷川が見える。こんなところに川があるのかという感じなのだが、夜見るとなかなか風情がある。
ビルの裏側を流れる川なのだ。グーグルマップで見ていくと、この流れは広尾を経由して東京タワー方面の金杉橋につながって、浜松町から海に出て行っているようだ。ウイキペディアで調べると、ここを流れている水は、下水を高度浄化処理したものらしいので、それを読むとちょっと興ざめするが、都会の川はそのようなものが多いのだろう。 東横線に乗って渋谷まで行くとホームからこの辺の建物は目と鼻の先だ。今時は会社の室内は禁煙だ。それでベランダに設けられたタバコを吸うスペースでくつろいでいる人がいたり、ヨガスクールではヨガをやっている人がいたり、どうやら住居になっている階があったりいろいろだ。雑居ビルが多いのだ。これは、ちょっとだけ先の代官山周辺では見られない。 昔はこんな雑居ビルが多かったような気がする。今は景気がよいのか悪いのか、都心は再開発が進んでいて、住居と会社が同居しているようなビルはほとんど見なくなった。会社が入るビルはオフィスビルで、各階ともそんな雰囲気なのだ。間違っても会社の上が住居になったりはしていない。 雑居ビルというのは、オフィスビルより想像力をかき立てられる。ベランダでタバコを吸っている人を見ると、この人はどんなことを考えながら毎日暮らしているのかな、なんて思うのだ。都会生活は、生の人間がなかなか見えにくい。カロリーをたくさん消費するような生活ではないからなのかもしれない。 雑居ビルはそんな場所だ。夜はこんな感じになる。
昼間見るとこんな感じだ。
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ビルの裏側を流れる川なのだ。グーグルマップで見ていくと、この流れは広尾を経由して東京タワー方面の金杉橋につながって、浜松町から海に出て行っているようだ。ウイキペディアで調べると、ここを流れている水は、下水を高度浄化処理したものらしいので、それを読むとちょっと興ざめするが、都会の川はそのようなものが多いのだろう。 東横線に乗って渋谷まで行くとホームからこの辺の建物は目と鼻の先だ。今時は会社の室内は禁煙だ。それでベランダに設けられたタバコを吸うスペースでくつろいでいる人がいたり、ヨガスクールではヨガをやっている人がいたり、どうやら住居になっている階があったりいろいろだ。雑居ビルが多いのだ。これは、ちょっとだけ先の代官山周辺では見られない。 昔はこんな雑居ビルが多かったような気がする。今は景気がよいのか悪いのか、都心は再開発が進んでいて、住居と会社が同居しているようなビルはほとんど見なくなった。会社が入るビルはオフィスビルで、各階ともそんな雰囲気なのだ。間違っても会社の上が住居になったりはしていない。 雑居ビルというのは、オフィスビルより想像力をかき立てられる。ベランダでタバコを吸っている人を見ると、この人はどんなことを考えながら毎日暮らしているのかな、なんて思うのだ。都会生活は、生の人間がなかなか見えにくい。カロリーをたくさん消費するような生活ではないからなのかもしれない。 雑居ビルはそんな場所だ。夜はこんな感じになる。
2010年02月06日
中央区 銀座 シネパトス
寒い土曜の朝だった。休日をどうしようかと思ったのだが、うちの妻と沈まぬ太陽
という映画を見に行こうかということになった。調べてみたら渋谷と銀座しかやっていなくて、午後にやるのは銀座だけだ。では、銀座に行ってみようということになった。銀座シネパトスというところに行くのだ。以前は、銀座は通勤経路だったのだが、今はそうじゃないので降りるのは久しぶりだ。A5出口から2分で銀座4丁目交差点のすぐそばなのだが、半地下にある。
近づいてみると、なんだか、銀座線の浅草駅から松屋に上がっていく通路のような風情なのだ。床屋にカレーに定食屋におでんにタバコ屋なのだ。
いったいここはもともとどんな建物だったのだろう?銀座の中心の4丁目交差点からちょっとしか離れていないのに明らかに場末感がある。
この映画館では、今月関根恵子というか高橋恵子
特集をやるらしくトークイベントもあるようだ。今の高橋恵子さんもきれいだが、昔の関根恵子はとても色っぽい。チラシを見ると、若い頃の画像はちょっと胸がドキドキするような感じがある。
それにしても映画館の反対側の食堂、雰囲気があるでしょう?
こうやって階段を掃除したりしているのだ。
シネパトスは3館ある。沈まぬ太陽の他にもこんなのが上映中だ。
3時間を超える映画だったので出てきたらすっかり暗くなっていた。
シネパトスと銀座4丁目交差点の距離はこんなもんだ。
銀座のシンボルといえば和光かな。
閉店が決まった西武も見えていた。
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2010年01月02日
港区 世界貿易センタービル 展望台 シーサイドトップ
新年の東京を撮りに浜松町の世界貿易センタービルに行った。ここは浜松駅からつながっており、1Fからは高速バスが出ている。
調べてみると、1970年3月、日本で3番目、東京で2番目に竣工した40階、152メータの超高層ビル。日本初の超高層ビルである霞が関ビル(36階、147メータ)より2年遅れて竣工、高さで5メータ上回り、71年6月、西新宿に京王プラザホテル(47階、169メータ)が竣工するまでの間だが日本一の高さを誇った、とある。
確かに、私も子供の頃に霞ヶ関ビルに行ったことがある。記念にメダルに刻印をしたものを買ってもらった。そのあとにすぐに世界貿易センタービルに抜かれたという雑誌の記事を覚えている。しかし、この展望台に行くのは初めてなのだ。直通エレベーターが2基動いていて、下で620円で入場券を買い、エレベーターに乗る。
展望台は、40階にあり、シーサイドトップと呼ばれているようだ。日没まで1時間もないと思うが、そういう時間を撮りたかったのだ。まずは東京ツインパークスという高級マンション方向を撮る。ゆりかもめの汐留駅付近だ。
ちょっと待っていると新幹線が来た。かものはしみたいなN700系の車輌だからのぞみなのかな。
もう少し引いて撮ると、ちょっと違う雰囲気の高層マンションがある。アクティ汐留というUR都市機構がやっている43階建ての賃貸住宅だった。家賃は15万から36万というところ。そばに浜離宮庭園があるが、ゆりかもめと首都高速にはさまれて住み心地はどんなものだろう。
快晴に近い日だった。ゆっくりと日が沈んでいく。見づらいが富士山のあたりに沈んでいくのだ。
展望台は、混雑しているというほどではないが、天気がよいからだろう夕日を見るために人が集まっている。
日が沈むと富士山がよく写るようになった。東京タワーもライトアップされる。
東京タワーの向こうには六本木ヒルズがある。
大門の交差点を見下ろしてみた。
あたりが暗くなりはじめ、東京タワーが明るく見えてきた。
汐留の高層マンションを見ると、部屋の灯りがつき始めていた。夕方にああいう灯りを見ると、その窓ごとにどんな暮らしがあるのだろうと思ったりする。ちなみに暗くなっても全部手持ちで撮影した。ここは三脚も一脚も使用禁止である。
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確かに、私も子供の頃に霞ヶ関ビルに行ったことがある。記念にメダルに刻印をしたものを買ってもらった。そのあとにすぐに世界貿易センタービルに抜かれたという雑誌の記事を覚えている。しかし、この展望台に行くのは初めてなのだ。直通エレベーターが2基動いていて、下で620円で入場券を買い、エレベーターに乗る。


